SANDBIRD

日記

映画「ジョーカー」。
ストーリーは真に迫っていて自分と重ねるところもあったけど不思議と精神に来ない。
いま自分が抱えている閉塞感と、アーサーの閉塞感は違うな、という感覚はある。
あと、アーサー、最初からけっこう現実的な狂人なんだよね。
フィクション的なヒャッハーな狂人じゃないし、徐々に狂っていくのでもない。
言うなれば「誰にでも起こりうる悲劇」というより「誰かに起こりうる悲劇」という塩梅なんだ。
ウェインもマレーも母親も本当に悪意的な存在なのかわからない。
わからないままアーサーは暴走していく。
狂ってるのは世界か、アーサーか?
ジョーカーのオリジンであると同時にバットマンのオリジンでもあり(いやバットマンは出てこないけど)、これはあくまでアメコミ映画だ、という空気も残ってる。
リアルだけどリアルじゃない、フィクションだけどフィクションじゃない。
ワンダーウーマンでも思ったけど、物語の舞台がレトロなので、そこで余計にフィクションみを感じるのかもしれない。
冷たい牛乳に温かいコーヒーを注いで温度がダマになってるイメージかな。
でもなんか、しばらく映画のことを、アーサーのことを思い出しながら生活することになりそうだ。

天気の子。‪あの大ヒット作の後に錚々たるスポンサーを抱えてやるのがこんなピーキーな話かよっていうのが最高だったな…‬そして、この話を俺は大人の視点で観てしまうからもうダメだな…と思った。セカイの危機と好きな女の子と、どっちを選ぶかという話で、好きな女の子を選んで大丈夫なんだ、という話。これを非オタが「君の名は。」みたいに受け入れるのなら、オタクにとってのゼロ年代がいま一般人の2020年代として始まるのか…と思ったりもした。っていう語り自体がゼロ年代くさいよね。わかる。
「子供が大人の社会に混じる話」「子供が大人から逃げ出す話」「子供が大人を頼らないせいで追い詰められていく話」「子供が子供であることを肯定する話」あたりの類型の複合なんだよな。でそこにボーイミーツガールや超能力迫害ものや逃避行やセカイ系といったベタな要素を足している。そこのバランスが良いんじゃないか。

「ヴェノム」観た。起承承結みたいなストーリー。パニックホラー的な作品ではなく、主人公とヴェノムのバディものだと聞いていて、確かにそういうところはまあ良かったんだけど、ヴェノムが前に出てくるまで意外と時間がかかったせいで、せっかくの良いところが描写不足かな。というか、余計な段取りが多すぎるというか。アメコミ映画でオリジンから始めるとダルい、というやつかもしれない。吹き替えだったんだけど、ヴェノムの声がちょっと聞き取りづらいのと、最後の引きのシーンで言葉遊びになってるところがダメになってたので、字幕のほうがいいのかも。

来世は他人がいい、Pixiv版と比べると、吉乃があんまりヤクザに深入りしてないのが気になるポイントなんだよな。「ベタベタしてないけど分かってる二人」という感じが薄いような。

未来のミライ」。幼児期の現実と妄想のあわいを描くタイプのローファンタジーという感じ。形式としてはオムニバス的な。やはり、事前のプロモーションで時かけっぽい期待をさせたからこその低評価なんだろうな。最初からこういうものだとしてみれば悪くない。むしろ、サマーウォーズやバケモノの子のようなとっちらかったところがないぶん、それらよりも出来が良いといえる。ただ、相変わらず家族描写は鼻に付く。くんちゃんのクソガキっぷり、クソわがまま、クソうるささは、マジでムカつくんだけど、まあ子供ってこうだよね感もあり、というか細田守が「子供ってこうだよね(苦笑)」と言っているようで、くんちゃんの両親の子育て雑感みたいなのも、細田守の「育児って大変だよね(苦笑)俺も大変だったよ(苦笑)ま、子供は可愛いけどね(苦笑)」みたいなのが透けて見えるようで、非常にウザい。おまえの日記じゃねえんだよ。でも細田守、テーマとかは好きくないんだけど、やはり「アニメ」が上手いなと思う。ひいじいじがイケメンでしたね。

ボックスのウェットティッシュを詰め替え詰め替え使っていたが中身が空になったタイミングでガタがきたので買い換えようと思いつつずるずると引き伸ばしていたところ折悪しくウェットティッシュを使う機会が来て「空じゃん」となったがどうせボックスは買ってくるんだから先に詰め替え用の袋だけ開けて使えばいいかと思って使ったんだけど新しいボックスを買えば最初は中身が詰まっているわけでじゃあ詰め替え用はどうすんだよという間抜けな事態になったのがいま。

何かをしたいけど何もしたくないからとりあえず出かけてみて何かないか探してみるけど結局は何もないので何もせずに帰るという行動を繰り返していてひどい。

ダーリン

ストーリーも設定も手垢付きまくりだけど面白く感じるのは作画や演出の賜物なのかな。マンネリ感も出てきているのでクライマックスに向けて正念場だ。

ウマ娘

予想の100倍くらいよく出来ている。とにかく作りが丁寧なのでどんなに馬鹿馬鹿しくても観れる。ただダービー同着はスペの栄誉が半分奪われたように感じた。他の世代の話も見たいが完全再現するには社台の協力が必要か。無念。

メガロボクス

最高of最高。視聴者が期待するものに100%応えている。あざといくらいの泥臭さ。後半に期待。

英伝

予想の10000倍くらいよく出来ている。ラインハルトのキャラデザがやや気に食わないくらい。この期に及んでOVA版のことを言うのは単なる懐古厨なので気にしなくていい。あとは十分な尺が取れるかどうかだけが心配。

ヒナまつり

原作のパワーがそもそも強すぎるから再現しきれてないだけで十分に良い仕事をしていると思う。

電車に乗って少し遠出していくつか店を回ってでも何も買わずに帰ってくるの何とかしたい。いくつか買おうかなと思うものはあっても結局買わない。店にも入れない。欲しいものはないが欲しいものが欲しいと思っている。

ゼノブレイド 2をやっていると、「崖を登る」「崖から飛ぶ」は、ゼルダとか関係なく、もはや3DRPGの基本的人権だと思うわ。これだけ立体的に入り組んだフィールドで、目的地へのガイドは矢印しかない、となるとどこまでも矢印に向かって登れる・降りれる操作は必須なんだよな。直線的に走破できなければ矢印の意味なんて無いわけで。

キングスマン。1も観てないのに何故か2を観にいった。スカッとした映画だったな。ロックとドラッグとバイオレンス。バカ映画っていうにはむしろインテリジェンスが足りてない気がするし(インテリジェンスあってこそのバカだという意味で)、全体的に詰めが甘い感じはするが、アクションは良かったし、音楽も良かったし、ハル・ベリーは可愛かったし、ジュリアン・ムーアの悪役も魅力的だったし。海外ってこんなにみんなでドラッグやってんのがリアリティあんのかな。分からん。身近な人間がドラッグやってるって、なんか自分のなかで恐怖スイッチなんだよな。こう、信じた人に裏切られるというか、打算が理由ではなく、実は悪人でしたというわけでもなく、普通の人がちょっとした心の弱さに負けて、ずるずると逃げられなくなって、その依存が、あるときに信頼を上回って、裏切られる、おまえもかよ、なんでだよ、っていう無力感、が怖い。IMAXだったんだけど席が前方すぎて字幕を見づらいしわりと疲れた。次は気をつけよう。ハル・ベリー、五十路かよ。すげえな控えめに言っても30代にしか見えねえ。

いま動画まわりに巨大なコミュニティが出現しているようだけどまったくついていけてないので年老いたなあと思う。配信、実況、ゲーム、チャット、VR、そのあたりがこれまでのテキストベースのインターネットから隔離されているのは、動画とはリアルタイムのもので、たとえ録画されていたとしても、その同時性が失われないからだ。遠くからチラ見することができない。そこに参加する奴だけが分かる世界だ。ROMがいない、とまで言い切っていいのではないか。逆に言えばこれまでのインターネットはROMの文化だった。ヲチの文化だった。ということになるかもしれない。するとさしずめJOIN ONLY MEMBERみたいなものが生み出されるのだろうか。もちろんこれまでにもクローズドなコミュニティは以前からあったが。